第三十六章「幻想小町」

幻の花

 さて、今まで小野小町の一生を記述して来て気づいたことがある。それは小町の生きた平安時代が、実に平成時代に似ているということである。戦乱の終わった後の平和な時代、まさに平安時代だったからである。この時代は諸々の天変地異や飢饉や事件があったにせよ、概して戦争を好まぬ女性中心の時代であったといえる。日本の歴史を振り返って見る時、かかる平和で女性が奔放であった時代を挙げると、次の三つの時代を挙げることが出来る。第一の時代は平安時代である。この時代は推古天皇に始まる女性天皇が存在した時代であり、女性優先の意見が結構、重視され、採用された。特に藤原氏は女性を立て、女性天皇や藤原氏の皇后たちによる優雅な時代を築いた。故にこの時代は女性が自由に闊歩し、男女の愛欲も隠されること無く大胆で、現代同様、飲食も共にし、旅行もし、幾度も結婚し、幾度も離別し、平気でいられる世の中であった。恋愛において年齢の差など、全く関係無かった。第二の時代は江戸時代である。これまた長い戦国時代が終結し、徳川幕府が女性中心の政治体制を築き上げた。御存じの通り、徳川家康は春日局を使い、大奥なるものを画策し、女性中心の裏政治で幕府を継続させた。この時代に黒船が来るまでの長き間、浮世絵が描くように、女も奔放に生きた。大奥に上がりたいという女もいれば、女郎になりたいと願う女もいた。賭博を好む女もいた。勿論、火山噴火や飢饉等もあったが、それはそれなりに、男女が楽しく暮らすことの出来た時代であった。第三の時代は平成時代である。その呼称も平安時代と実に良く似ている。太平洋戦争という悲惨な大戦争を経験した昭和時代を乗り越え、米国に骨抜きにされた武器を持たない時代に入り、女性解放の時代となった。武力不必要な平和な時代に、男の存在は女の遊ばれ者と変じてしまった。女たちは男を弄び、何度も結婚し、何度も離婚し、全く好き勝手に生きている。不倫など当たり前になっている。平安時代同様、年齢差など関係無い。良いも悪いも考えず、刹那の快楽を満喫している。居酒屋やカラオケで愛の歌を交歓し、ラブホテルを利用する。ホストクラブなどが繁盛するのも、その現れである。従って平安時代に生きた小町も、現代女性と同じような恋愛感覚で生きていたのではないのかと想像する。正史に、その名をとどめない小野小町について、以上、縷々、勝手に記して来たが、彼女に関する史料は少なく、多くは筆者の幻想と言われても仕方あるまい。小野小町が亡くなってから、既に一千年以上経った現在においても、彼女は色々の花となって、日本各地に舞い狂い、多くの伝説を伝えつつ生き延びている。平安時代という爛熟した王朝文化の中で、美しくもはかなく消えて行った小野小町という女性の実体は、まだまだ明らかで無いことが多い。いずれにせよ小野小町の実体は、未だ幻の花である。

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霞たつ 野をなつかしみ 春駒の あれても君が 見ゆるころかな

           『幻の花』完